NPO法人 丹波みらい研究会

活動報告

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連日、遅くまでごくろうさま♪

2010年12月3日(金)

忙しいのレベルも各個人によって違うし。大変だと思う気持ちも、しんどいと思う気持ちもそうだ、亀のように仕事が遅い人もいれば、神業のように早い人もいる。

人は違うモノだ、わたしと他人は違う、ということに気が付けばよいのである。たまにマヌケが屁理屈をこねてマイナス作用で、この話を聞いている人がいる。こいつマヌケやな〜と周りから思われるだけで、もうこうなると誰も注意してくれるモノはない。いつの間にか、周りにいた人が離れていってしまうだけ。人の話はプラスに聞くべきである。

まずはこの忙しいのレベル、堪ったモノではない。みんな閑人なのか?と、周りの人がひどくのんきに思えてくる。1日で一週間分の行事がある。仕事も超ハイペースでこなしている。にもかかわらず、周りがのんきすぎてついイライラし、前記の「他人と私は違う」価値論に行き着いて自分を戒めているのである。

と、いいつつ昨日と一昨日はゴルフに行ったりしているのだ♪(遊びのゴルフではない事はもちろんである)この二日間を空けるために、とても苦労した。夜遅くまでイルミの取付地上編をやったり(地上は上空と又違ったモノが必要で、足腰の強さが求められる、上空は機械操作の技術力と高さに打ち勝つ精神力、そして芸術性とカンだ。)昼間に時間を作って、機の取付をしたり・・。

それだけしておくと、メンバーからは文句を云われない。(と、思っているのは補任だけかも知れないが・・)

このブログは支離滅裂、と思われるかも知れないが、私の中では理路整然と繋がっている話なのだ。それほど、今は忙しいのだっ!!

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ほぼ外観ができあがったか?

2010年11月29日(月)

土曜日、私は用事(税務署の外郭団体の事業)で準備を休んだ。大勢のメンバーに用事があったようで、極端な人手不足だったようだ。

土曜日の夜、林・湊両監事のお世話で「鍋を囲んだ場」を儲けていただいた。発案と食材の準備は林監事、場所は湊監事の事業所の2階をお借りした。総勢15名と、奥様方3名(会長と両監事)の出席。7時スタートに9時から来たメンバーが3名いたので林監事はグダグダに酔っぱらい、言いたかったことが言えなかったようだ。

翌日日曜日、作業に集まったのは15名以上。猛烈なスピードで進む、が、だんだん計画と進捗状況が合致しなくなり、暗くなってからも意地になって続け、終わったのは8時前、あたりは真っ暗だ。

イルミのトンネルを造ってしまうと、大型の高所作業車が入れなくなるため、トンネルの工期を考えると、どうしても昨日の内に大きな木だけは完成させなければならなかったのだ。

土曜日の夜の宴会で・・・
このブログに、懇親会の意義を書いて出席を促すように、多くのメンバー宛に書いた。宴会の席で「ホームページ見とるけ?」と聞いた、みんな「見とる、見とる、毎日見とる」と調子の良い返事をするので、今回の記事良かったやろ、と誘い水を投げかけた。するとみんなそれは知らん、とこう来た。「読んでヘンにゃんけーっ!!」

このホームページはアホでも更新や書き込みが出来るように、うちの弟に改良してもらった非常に管理のしやすい形式である。パスワードも一度聞くと絶対に忘れないモノにしてある。その気になれば誰でも何時でも更新できるはずだ。 もうチョット関心を持ってもらいたい。

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台湾の乾杯♪

2010年11月25日(木)

「台湾の乾杯♪」台湾人とお酒を飲むと、必ずこのフレーズが出てくる。
日本人は乾杯しても杯を乾(ほ)す事はないが、台湾では必ず飲み乾す。
台湾の企業と取引する場合、必ずこの「乾杯」儀式があり、グダグダになるまで数件付き合わないと、良い取引にならないことが多い。

乾杯そのものに本意があるのではなく、乾杯をする場にこそあるのは言うまでもない。

良い取引とは、こちらの言い分と、相手の言い分が出尽くした状態の取引のこと。この儀式を済ませるとお互いに妥協点のない最高の商材を安価で台湾企業は用意してくれる。

前日に「乾杯」の儀式を済ませ翌日取引や商談を行うのだが、その場でこちらの言い分が通らず罵声を発したとする、当然相手も罵声を発する、本来ならここで交渉は決裂するのだが、「乾杯」のおかげで構築できた「信頼」が、そこから更に深い解決策を導き出す「膏薬」となってえもいわれぬ雰囲気を醸しだし、結果を生む。

みらい研究会の事業ではどうだろう?意見は出つくしただろうか?心の中にある「もやもや」が出つくさぬままの状態で、事業に没頭できるのだろうか?

断っておくが、何も台湾の土俗的風習が優れていると言っているのではない、アジア特有の土俗風習を台湾は残している事をとりあげているのだ。

歯に衣を着せて、回りくどく延々と喋り続けるクソクダラナイ会議を続けているヒマはない、「そんなもんアカンやめとけ」「なんでやっ!」こういった直情的な言葉を使って始めて自分の言いたいことが伝わるのである。そして直情的な言葉を使えるその雰囲気づくりこそが、議論をすすめる上でとても重要なことなのである。

理屈を書いてしまったが、何も難しいことではない、仕事が終わったあと「オイッ行くぞっ!!」湊監事のこの一言に乗ればいいだけだ。

湊嘉秀・・またひとつ、この男の背中が大きく見えてきた。

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23日(祝)

2010年11月24日(水)

23日は光華大学からヘルプが入る♪
さらに、今西君が2人連れてきて来てくれた。水戸区からもオッちゃんが一人で「手伝いに来たど」と、さらりと集合場所へ。ホリエ君だとばかり思っていたらホリイ君だった堀井君も手伝いに・・

総勢「たくさん」のスタートがきれた。
ところが、10時に光華大学到着の頃、実行委員長と副実行委員長がいなくなる。「どこいったんや?」インフルエンザの予防接種らしい・・・

今日は木の上、最大にアームを伸ばして空中12mのチキン状態で作業中の私、慌てて降りてくる。前回リーダーの子達を探すが、2人とも休みらしい。ガクッと来たが、さすがは熟練の光華、うまく機能していただいた。

話は変わるが、土日休んでいた間に、今回まだ非公開のオブジェが完成していた。すばらしい出来映えである。相当緻密に手間暇かけてある。一級建築士設計の竹とLEDを使ったオブジェとでも言っておこう。

昼休みになる、マーケスで天そばセット(これが一番早い)を食べて直ぐに戻り、遅れを取り戻すために一人コソコソしていると・・・

午後13時すぎ、申し入れのあった撮影に京都府広報課さんとKBSさん到着、実際撮影はキッズ・カンパニー、知り合いの先輩のところである。出演者は実行委員長♪のはずが、本番になって俺はエエと言いだした。

そんなことはどうでもよい、とにかく広報課の方がとても魅力的な人なのだ。事前にかなり頻繁に連絡をいただいていたので、ネタの一つでもと思っていたが、顔を見た瞬間「しゅん」となる。美人に弱い・・オッさんになったことを痛感した、そういえば光華の子達にも「おっちゃん、オッちゃん」と一日中呼ばれていた。

さて気を取り直したオッちゃんは、暗くなるまでLEDをつけ続け、その後は「うな良」へ、今日のキーマンは「しのづかあつし」タダでさえろれつの回らない男が、生7杯と焼酎でヘロヘロになっている。珍しくその後のカラオケまで付いてきた。そして「やっぱすきやねん」と「ゲットアロングツゲザー」と「チェッカーズの知らん歌」を唄っていた、湊嘉秀氏と私、いつものように延々と歌い続け12時半帰宅、寝る。

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準備着々と

2010年11月22日(月)

この土日、私は所用のため出役できず、迷惑をかけた。
しかし、非公開の新型オブジェはほぼ完成の域に達したようだ。さらには平面イルミも着々と進行している模様。

ボランティアで5名(うち2名は女性)も来ていただいた様で、感謝の限りである。

明日は光華大学から力強いサポートをいただく予定だ。

しかし私のこの2日間の空きは痛い、みんなに大きな迷惑をかけた。それを埋めようと平日に無理矢理時間を作ってコソコソ仕事をしていたが、高所作業車をリアルタイムに使えないことが、作業進行上大きな障害となっている。

いや、最も迷惑をかけたのは情報発信会社の方々に対してかも知れない。なぜか?情報誌の発売日の関係から、19日に校正締切のところが多数あったのだ。17日までに校正依頼を受けたところはすべて対処できたのだが、18日に連絡が来たところは対処不能状態。

「今日が締切なんですけど・・」と3社から電話がかかる。
さらには「メール見れないんですか」 【見れない×→見られない○】この言葉遣いをまず指摘したいが、丁寧に対処している時間もなく・・・
「誰か確認の出来る人はいないんですか」そんな人いたら苦労せぇへんがなと、思いながら・・・
外国にいますから、と伝えているのに「う〜ん」と悩んで、対処策を求められても・・・。

素早く要件だけのやりとりをしたつもりが、通話料が5000円を超えていた(悲)

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取付5日目

2010年11月15日(月)

まずは4日目を報告。
朝、9時集合。高所作業車を借りに行き、当日必要なLEDを倉庫から積み込み、集合時間ぎりぎりに琴滝に到着すると3人しかいない。

アレ?なんで?13日の土曜日は出役が多い予定だったはず・・?
細見実行委員長と大崎副実行委員長と湊顧問の3人である、あっ湊監事到着。
合計4人である。

つべこべ言ってもいても始まらない、とにかく作業開始っ!!一刻を争う事態だ。湊監事朝の顔見せだけで用事をすませに、出かける。大崎氏村用のため出かける。残ったのは3人・・・。

細見実行委員長の機嫌がだんだんと悪くなってくる。まずいゾっ!!
私は、高所作業車で木の上、湊顧問は入り口のところで竹割、細見実行委員長は川の竹組をしている。実行委員長は私の真下で作業、手に取る用に行動パターンが判る。

なにやら「ぶつぶつ」言っている。耳を澄ませると・・・、拙い、怒っているのだ。気を紛らわせるために話しかける。怒っている内容に対して相づちを打つ、すると火に油を注ぐ形となる。

結果、3本ほど竹組すると、携帯電話でメンバーの所に電話をし始める。「お前、なんで来ーへんにゃ」「うわっ、かなんっ!」どんどんヒートアップっ!!

3〜4人ほどには電話されただろう・・・、そのうち昼となる。
私は木の上、すでに湊顧問は結婚式に出かけている、会長も応援に来ている。
細見実行委員長も午後からは予定があるようで、1日通して出役するのはどうやら私だけのようだ。さらに昼飯を食べに行く時間も無いし車もない、仕方がないので、そのまま取付を続ける。

ポツンと琴滝に独りになる。

「ギャーギャー」鳥が鳴いている、「ぴょーぴょー」鹿が鳴いている。
うわっ!だんだん怖くなってきたゾ

そして、ようやく3本目のモミジが完成の段階に入ったとき、サポーターのホリエくんが来てくれる、そして今西君も到着。「ほっ」とする♪

と、そこへ林監事から電話。「弁当買ってきてやるわ、何が食べたい?」何と優しい人だ。(あっ!弁当代払ってない、ヤバイ、これは忘れるぞ)

午後からは4人のスタート。林監事竹を割っている、今西君、ホリエ君は海のLED取付、私はまだ3本目のモミジ。

3時頃用事が終わった、大崎さんと湊監事、そして湊浩義が合流。計7名となる。ようやく私は4本目のモミジ。中々はかどらない。

4時半過ぎ暗くなってくる。本日の作業は終了だ。

14日目の日曜日、私は所用のため休み。さてどこまで進んだか?私は遅れた分を取り戻すため、又どこか平日に時間を作って出役しなければならないだろう。

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シーラカンス

2010年11月9日(火)

京都新聞(丹波版) 「口丹随想」    〈 平成22年11月9日(火) 〉
「 琴滝のシーラカンス 」
NPO法人丹波みらい研究会顧問  湊  敏
NPO法人丹波みらい研究会が主催する「琴滝・冬ほたるイルミネーション」の準備作業が始まった。高さ43mの滝や周辺の遊歩道を発光ダイオード(LED)で彩る行事で、6年目を迎える。
「滝の水が流れてませんね」先月、琴滝での作業中に観光客に言われた。気になって、滝の上流にある「小滝池」と「大滝池」の様子を見に行った。
周囲が約200mの小滝池は満水に保たれていて安心した。毎冬のほたる開催時には小滝池の水栓を開き滝口に流しているのだ。その小滝池から300mほど坂道を登ったところに大滝池がある。小滝池には観光客もよく訪れるが大滝池まで行く人は少ない。実は私も足を運んだことがなかった。地元でも大滝池を知る人は珍しく、謎めいた幻の湖のように思えた。
インターネットで大滝池の形や位置を確認した。昨年、丹波みらい研究会が実施した地質研修で琴滝は3億年前に海底から隆起した「チャート」という岩石の塊と教えられたこともあって大滝池がある生物の形に見えた。同じ3億年前に生息したとされるシーラカンスである。
池の先端が頭のように膨らみ縦長の端が尾びれのように映る。入りくんだ二つの入り江はヒレに見える。シーラカンスは恐竜とともに絶滅した古代魚だと思われていたが生きたまま捕獲され「生きている化石」と呼ばれる。海だけでなく、川や湖など淡水に生息していた種類もあるという。だとすれば大滝池には池の形と同じシーラカンスが生息していたかもしれない。ひょっとすると今も・・・そんな想像を広げながら、後日、須知山林組合の方に道案内をお願いして大滝池に出掛けたのである。
縦約400m、幅約150mの池の周りをクマよけの鈴を鳴らしながら40分かけて歩いた。江戸時代に平助さんという人が住む小屋があったと伝わる平助谷を越え、ハンノキが群生する浮島や渓流に目をやりながら手つかずの原生林を歩いた。
大正時代に築かれた堤防から大滝池を眺めつつ、命のたくましさを秘めた「シーラカンス」に京丹波の未来を重ね合わせた。
今年の琴滝・冬ほたるイルミネーションは12月10日に開幕する。大滝池から放水された水が小滝池を経て琴滝に流れ落ちる。漆黒の夜にシーラカンスがはき出した森の水が、来場者の頭上に届くと思うと、琴滝を見る目も変わる。10万球増やして55万球になるLEDの輝きとともにシーラカンスが人々の心を照らすことができれば幸いである。

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取付4日目が過ぎた。

2010年11月8日(月)

極めて順調と言いたいところだが、遅れが目立ち始めた。
特に、モミジへの取付が遅れている。まだ2本と半分しか出来ていない。

新型の2010モデルのLEDの色目がとても綺麗だ。青っぽい白、車のヘッドランプでHIDというのによく似た感じの色目だ。今年はそれで統一している。色温度でいうと、たしか800ケルビンだったか・・。

イルミの海の所も地元の京都銀行須知支店さんのご厚意で4名お手伝いいただき、左側は完成した。あと川の竹を使った骨組みが半分弱、竹が不足しがちである。

遅れが目立ち始めたどころではない、極めて遅れている?・・、その通りである。

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取付2日目

2010年11月4日(木)

11月3日(水)文化の日 冬ほたる取付2日目である。
モミジは紅葉どころか、青々と今までにないほどの樹勢を保っている。このままでは、LEDが取り付けられないほどだ。

話は変わるが、3日は、そう、丹波高原マラソンの日。最近はロードレースと呼んでいるようだ。みらいのメンバーの約半数が関連する何かの団体のからみでボランティアに駆り出される。

そういう私も主催者側、つまりは体育協会の理事である。朝7時から会場入りして受付のお手伝い、10時まで受け付け係。事態が把握できていない実行委員長から「早く来い」と電話が鳴りまくるが、受付中である。出られない・・。

終了後、今度は納税協会のPRチラシの配布をしなければならない。集合場所のテントに走っていくと・・、すでに終わっている。なんぢゃ〜、多少ガッカリしながらも、あわてて、会社に戻り急ぎの業務を、お昼休みもぶっ通しで済ませる。

12時半ようやく琴滝に到着。ん?なんだか凄い勢いで進んでいる、そうかっ!今日は光華女子大学から応援に来てもらっていたのだった。

むちゃくちゃ仕事がはかどる、むさい男ばかりで作業していてもつまらないが、これだけたくさん来ていただくと華やいで一気に活気づくっ!!

またその日は、テレビの撮影も来られていた、これは会長に任せっぱなしでどんどんイルミをつけていく。

※放送はKBSテレビ,12月2日(木)17:00です。

そして3時過ぎ、光華の方が全員帰ると、メンバーはたったの6人しか残っていない。どっと寂しくなる、みんなどこいっとんねんっ!!さぼっとったら、まにあわへんどっ!!

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冬ほたる2010着工♪

2010年11月1日(月)

10月31日(日)
心配していた台風もさほどの影響もなく通過し、無事神式による安全祈願を執り行うことが出来た。

参加頂いたメンバー15名のみなさまお疲れ様でした。

怪我のないように、今年の冬ほたるも準備作業が出来るように万全の体制で取り組んでいく。

式終了後、いよいよ作業開始♪怒濤の2ヶ月間の始まりである。竹割組と竹組み組にわかれて作業開始、順調な滑り出しである。

ところが一時間もしないうち、単調な作業に飽きたみらいのメンバーの大多数を占める「B型」達がゴソゴソとその本来の宿命に従って働き出す。

まず口火を切ったのは「めし」どないしょ♪昼食の弁当の手配が気になったH先生。仕事そっちのけで弁当の手配を始めた。

次、M氏「堪能した」(「たんのした」と読む:丹波弁で飽きたという意味)ゴソゴソとどこかに消えるのか?いや今日はさすがに残っていた、しばらく休憩して、再び作業に戻る。えらいぞっ!!

もっともやっかいな「Bin型」、昼飯を契機にどこかに消える。

午後から、雨がしとしと降り始める。「くわっ!!」これは厳しいっ!!頭髪の極めて少ない実行委員長と私は、敏感に雨の気配を察しすかさず帽子を取りに行く。

雨は「しとしと」から「ざあざあ」に変わる、それでもやめるわけにはいかない。幸い木の下の作業なので多少はしのげる、そのまま続行。竹割組はカッパを着ての作業。

午後4時、大方の作業を終え、解散♪

さてここから第2部が始まる。そう楽しい懇親会である、名目は実行委員長就任祝である。8人乗りの車に7人乗って、いつづ屋三条店へ♪

まずは焼シャブ、ポン酢でたらふくいただき、つづいてメインの「姫牛」のサーロインダブルカットっ!!これが又至福のおいしさである。

のち、二次会へ。あいにく日曜日なので、花街は休み。仕方がないのでシミュレーションゴルフへと向かう。

小一時間ほど遊んで帰宅。クタクタになりながらも、心地よい疲労感なんとも快調な滑り出しである。

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